• 神田北口鍼灸治療院

東洋医学の成り立ち Vol.9 ~漢方医撲滅運動と鍼灸~ の、その2


こんにちわ!


神田北口鍼灸治療院のいしはらですよ。


いつもいつもスミマセン。


がんばって更新して参りますので、どうぞお付き合いをお願いいたします♪




これからしばらく、どんどん寒くなってくるらしいですね。


一番身体に負担の大きい時期ですからね。


気圧とかお天気とかいろいろありますが、一番わかりやすい問題は“温度差”ですよね。



室内と外気の温度差をできるだけ少なくすることがポイントです。



セルフケアとしては、をかくこと。


できるだけ運動した汗がいいですよね。


次点でお風呂とかサウナをご利用くださいませ。





さて、今日は「漢方医撲滅運動と鍼灸」 の、その2 ですよ!


いよいよ鍼灸のお話です。


是非最後までお付き合いをお願いします!!


(長いですよw)







2,漢方医と鍼医

漢方医のお仕事はざっくりですけれども、患者さんを診察して主に 投薬 を行うということです。

他にも鍼治療やお灸、外傷の外科処置などがありますね。


この“他にも”としたところがポイントなのです。

まず“投薬”としましたが、つまり “漢方薬” ですね。

コレがお高いんです。(つ_+)

安いものはもちろん庶民にも行き渡りますがね、よほどの大金持ちでないと手に入らないような高いものが結構たくさんあるのです。


つまり、自然とロイヤルな方々専用の医学になってゆくのです。



これはもちろん世界共通。


中国とか韓国でも同じ。


たぶんヨーロッパとかでも同じだと思います。


よく知りませんが。




対して例えば “鍼治療”。


道具さえあれば、他にそれ以上のコストはかからないですよね?


安いんです。


“お灸”


当時だったらば、正味のところ もぐさ でなくともよかったのです。


なんとなくそれっぽい葉っぱを乾かして、細かくして、そんで丸めて置いて焼いてしまえば、それがお灸。


安いんです!


“按摩”


手 さえあれば、どこでもできるんです。


安いんです!!


つまり、庶民が受けられる医療として発展していったのですね。




ま、当時としては



“下々の医療”



なんて云われ方もきっとしたでしょうね。


しかしここで下々に分離したことが、後々になって漢方と鍼灸の運命を決定する、重要なファクターとなるのです!!


乞うご期待。




それから “外科処置”ですね。


ちょこっと主旨とはズレますけれどもお話させてくださいませ。


現代ドラマでこそ、外科医はお医者さんの花形みたいに描かれますけれども、処と時代によってさまざまではありますが、わりと一貫してエリート様には敬遠されがちですね。


なんせ“体力”がいるし、血やらなんやらでかなり汚れるし。


おまけに外科処置に携わると、つまり“感染リスク”が高いわけですから、早死にしてしまいます。


ま~昔は“呪い”や“憑き物”的な位置づけだったと思いますけれども。



なので偉くなると外科処置をしなくなるケースが多かったそうです。


お年寄りには体力的にもしんどいですしね。



そんな中でバリバリ前線に出ておられた先生方こそが、歴史・時代ものに良く描かれる錚々たる面々なわけです。


大変なことなんですよ?



ドラマでは花形ですけれどもね。


現場ではドロドロのグチャグチャです。


しかも



ほとんどの患者さんが助からない。



のです。


処置は上手くいっても、あとで感染症でなくなってしまうとか。


やり甲斐がないのです。


助け甲斐がないのです。


大怪我をしたら、よほど運が良くないと助からない・・・という時代でした。



なので、時代劇に出てくる外科処置をされている先生は本当に勇気のある先生で、見た目では到底伝わらないほどの緊張感の中で行われているのです。





また逸れましたね。


「時間を戻そう」



そんなわけで、誰がそうしたというわけでもなく、自然と漢方医と鍼医の距離は開いていったのです。



本当は、そもそも平安時代から鍼医には鍼医の官位があったそうです。


ちなみに鍼師は鍼を作る人。


鍼医が鍼治療をする人。



ただ、時代が下がると、医者も鍼医もまとめて 「くすし」 (薬師)と呼ばれる時代があるようです。


いっぺんウヤムヤになってるんですね。


しかし江戸時代にはそんなことはなく、しっかりとした鍼医制度があったようです。



ただし、このころから視覚障害者が鍼医となることが多くなります。


当時のわりとしっかりとした障害者保護システムである “当道座” によって、盲人の方の職業がある程度選別されていたのですね。


(ちなみに当道座は室町時代にできた制度です。


あの“平家物語”のスタンダードをまとめ上げた 明石 覚一 が室町幕府の庇護のもと開いたのが始まりだそうです。すごいですね。)



しかしそんな中でも、盲人の鍼医の中から “奥医師” になる先生も現れてきます。



ちゃんと地位はあったんですね。


奥医師から庶民まで、幅広く支持されていたわけです。




つまり制度的にはともかく、浸潤性の方に漢方と鍼医との距離があったのですね。



これは日本独特の形態なのです。


中国でも韓国でも、ふつうに投薬も鍼も一人一人の医師が行ってきたようです。


日本だけ分離した理由が、今日だいぶわかってきましたね。


ぼくもお勉強になりましたw



とくに当道座のシステムには驚きです。


今日知りましたので!





さて、それでは次回は 


3,漢方医と政治 


ですね。



いよいよドロドロとした暗黒部分をお話させていただきます。


お楽しみに♪




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